ついでのお弁当

2010年7月12日

母親が病気がちで、子供の頃から自分で作って食べることが多かった。
小学生の頃は「危ないから火は使わないように」と母から言われていたが、そのうち火を使わないとロクな食事にならないのを知り、それからは母が居ない時だけこっそり火を使うようになった。
とはいえ、その頃はインスタントラーメンが関の山。
父がやっていた中華屋に入り浸って調理法は見ていたけれど、とてもじゃないが小学生には無理だった。

それでも6年生になる頃には炒め物をよく作った。
近所の乾物屋(昔よく有った何でも屋というお店)に行き、野菜等を買って炒める。
その頃の母は、今の船橋ららぽーと付近までパートに行っていて、土曜の昼食には母から「これで何か食べなさい」と毎週100円を貰っていた(最初は50円だったが、6年生になって値上げ)。
100円で買えるものは、たかが知れている。
インスタントラーメンの上にキャベツやモヤシを炒めてトッピングする程度だった。

中学生になり、それまで醤油や塩だけで炒め物を作っていたが、段々と各調味料の使い方が解って来た。
「そうか、砂糖を入れると味が厚くなるんだな」とか、「炒め物の味は味噌でもいいのか」とか、とにかく作って食べてみて、組み合わせの善し悪しを理解した。
そうなると料理が数倍楽しくなってくる。
中学2年の頃には、片栗粉を使ってあんかけをよく作った。
最初は何倍に薄めたら良いか解らずにダマになったりしたが、やっていくうちに、どのくらい薄めたら良いか、火加減はどの程度にしたら良いのかが徐々に解って来た。

高校時代は数ヶ所でバイトをした。
全部調理に関係する仕事だ。
入って1年間は皿洗いが基本だけれど、私は一応の事が出来たので、1年経たずに包丁を持たせてもらった。
楽しかった。
バイトに行けば料理が出来る。
次の日のの献立をメモし、学校に居ても、それをどういう工程で作るのかを考えていた。
一番長かったのは給食だけれど、その合間にイタリアンの店や中華の店でバイトをした。
ファミレスに居た事も有って、そこではどうしたら迅速に料理が提供出来るかを学んだ。

そんな生き方をして来たせいか、子供達には出来るだけ料理をさせて来た。
聞かれなければ教えない。
ヒントだけ与えて、あとは好きなようにやらせた。
それが良い事かどうかなんて解らない。
ただ、不味い料理を作ってしまった時に、どうして不味いのかを自分の頭で考えれば良いと思った。

いきなり娘が「明日はお弁当作るね」と言った。
「何だ、いきなり」
「パパの分も作るから」
どうやら日曜も休まず学校で作業をしている彼氏に、お弁当を作るらしい。
「そ、そうか、じゃあ頼むよ」

内心「ついでかよ」とも思った(爆)

生まれて初めて作った娘のお弁当
娘が生まれて初めて作ったお弁当

正直何も期待はしていなかった。
初めて作ったわりには、まあまあの出来といったところか。
親バカを許して頂けるならば、ちゃんと美味しかった。

何にしても、それが好きかどうかは、とても重要だと思う。
最初はヘタでもいい。
好きならば続けて行くだろうし、続けて行けば、いつか上手く出来るようになるかも知れない。

しかしうちのアホ娘、のんびりした性格なので、きっと上達もゆっくりなんだろう。
「お弁当作りって面白いね」と言ってはいたが、次に作るのは何時かと考えると、きっと数年後になるに違いない。
娘は、3歩進んで5歩下がるヤツなのだ (;¬_¬)