肉は貴重でした

私の子供の頃はみんな貧乏でした。
勿論お金持ちも居ました。
でも私の周りはみんな貧乏でした。
最初っからそう書けば良かったかな。

体にピッタリと合った服は買ってもらえませんでした。
「体型が変わるんだから」と親に言われ、必ず「お父さんの借りて着てるの?」と言われそうなほど大きめの服を着ていました。
そして、結局親が思っていた体型になる前に、その服はダメになりました。
体に合った服を常時着るようになったのは、高校を卒業してからだったと思います。結局学生服も最後まで大きめでした。

ジーパンは買った次の日にスケートで転んで穴をあけてしまいました。
今は穴があいても「カッコイイ」と思われるようですが、あの当時はズボンに穴があいていると「貧乏人」に思われたのです。
穴があいても、すぐ次のジーパンを買ってもらえません。
その穴を縫って履かされます。
我が家にはロクな裁縫道具がなく、穴があくと後ろの左側のポケットをはぎ取って穴に充てるわけですが、縫う糸は白か赤でした。
せっかくポケットをはぎ取って同じ色を充てているのに、その色違いの糸で縫う為に、遠くから見ても修繕した事がバレバレという、そういう時代でした。

そんな時代ですから、肉は貴重でした。
当時は豚肉が一番安く、使うのは決まって「豚こま」でした。
炒めものにも、カレーにも、シチューにも、我が家は全部豚こまでした。
今から考えれば「これってどこの肉なんだろ」というような肉で、脂身はほとんど無く、中には噛むのに力(リキ)入れなきゃ噛めないような肉も入っていました。
それも、極少量。

ご馳走だったんです、肉は。
我が家は肉中心の料理は一切無くて、通常メインになる肉がサブでした。
とにかくそのチョットの肉が嬉しかったんです。

肉じゃが

肉じゃがに「鶏肉を使う」ということは考えられませんでした。
我が家に鶏肉が出たのは、たった一度だけ母が「唐揚げ」を揚げてくれた日、それ一回だけです。
牛肉なんて、見たことが有りませんでした。
ステーキ(ビフテキ)は力道山やフレッド・ブラッシー、もしくはマスカラスやフリッツ・フォン・エリックが食べるものだと思っていました。
「ビフテキを食べると筋肉隆々になるんだな、あんなに強くなるんだな」と、レスラーを見て憧れていたんです。
当時の私は、ビフテキが何の肉かも解っていませんでした。


今では、どんな肉でも購入出来ます。
正確に言えば、我が家は牛肉は高くて買えませんが、豚肉や鶏肉は買いたい時に買うことが出来ます。
いい世の中になりました。

こういう話をすると、若者から嫌われるんです(笑)

さて私の憧れだったビフテキ。
今まで何回か食べました。
「ビフテキを食べると筋肉隆々になるんだな」と信じていた私の胸には筋肉が付かず、その変わりに、お腹にぜい肉がたくさん付きました。
「もういいからね」と言いたくなるほど付きました。
「お腹が出ていると貫禄が有って良い」と言われていたのは、私の父親の世代です。
いい世の中になりました。

もう何年もビフテキは食べておりませんm(__)m