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2006年03月15日

40代の酔っぱらい

先日同年代の友人と話をしていて「最近飲んで記憶が飛ぶことが有る」と話をしたら「私なんか毎回ですよ」という答えが返って来て、ホッとしたようなしないような…

「認めたくはないんですけど、やっぱりこれが40歳過ぎた人間ってコトなんだと思いますよ。お酒自体も弱くなってますしね」と言われ、今まで私もそうかなと思いつつ、知らない(気付かない)フリをしていたような気がする。

確かに友人は一緒に飲むとヤバイほど酔っ払う(笑)
途中から何を話しているのかも解らなくなる。
悪い酔い方じゃないから全く問題はないんだけど、「記憶が無くて、何が有ったか心配にならない?」と聞くと、やはりそれは心配だから気の合う人としか飲まないのだそうだ。
そして酔っ払っても大丈夫なお店にしか行かないと言う。

そういう選択をしなければならない歳になった。
これはその歳になってみないと解らないのかも知れないが、実際にその歳になっている自分にとっては、非常に寂しい。
同年代の隊員が一緒に飲んで「全然覚えてない(^_^;」と言っていたけど、それを聞いて「え?そうなの?」と思う自分と「有るよなぁ」という自分が居る。

この歳になると、若い頃には考えもしなかったことが次々に出てくる。会社では重要な位置に置かれ、責任も重大になってくる。家庭では親が歳をとり、子供達も段々大きくなるにつれ、考えなければならないこともたくさん出てくる。
酒を飲めば弱くなった自分に気付いて情けなさも感じる。体力も衰えて来るし、健康を考えつつも無理して働かなければならないことが多くなる。

こんな40代というのは、実に微妙な歳だと思う。
昔は目標が有った。
30代はこういう意識で頑張ろうとか、40代では家が持てればいいなとか。
しかしこういう世の中になろうとは、若い頃には考えもしなかった。無理して働いてはいるものの、いつになっても景気が回復する兆しをみせず、期待した待遇を受けるコトは出来なくなっている。会社側も辛い。
これからどうなっていくのだろう。
どうやって生活していくか。
考えて考えて…しかし考えてもどうにもならない。
ただ生活の為に働くしかない。

年を追うごとに色々なしがらみも出てくる。
付き合いも増えるし、その付き合いはこちらが望んでいるものだけではない。時間もお金も、自分の考えとは違った方向に削られていく。
「やれやれ」と思うことが多くなり、そのうち「どうしよう」と考えることも有る。「どうしよう」ではなく、『どうにかしないとだめ』なのだ。

40代

40代が酒を飲む。
今自分が考えていること、仕事の話、家族の話、親の話、子供が通っている学校の話…
最終的には「でも結局頑張るしかないんだよな」と締めくくる。
この『頑張る』という非常に曖昧な言葉によって終了させるしか方法がないというところが40代の辛さでもある。
30代はまだ若いと思っていた。しかし40になってみると、途端に体力が落ちてくる。これが50代になったらどのくらい老いてしまうのかが想像出来てしまう。
体力だけではなく、気力も同様。

その年代によって色々考えることは有るだろう。しかしこの40代という中途半端な歳には、諦めようと思っても諦めきれない何かと常に向き合い、真っ向から受け止めたり、時には知らないフリをしたりしながら生きて行かなければならないという不安定さが有るように思う。
安い居酒屋辺りで気の合う人間と合い、バカな話をしながら数時間を過ごす。それが40代の酒飲みにとって、一番気の安らぐ瞬間なのだ。

そんな40代は、今日も酒を飲んで記憶を無くすほど酔っぱらい、『頑張る』という曖昧な言葉によって自分を奮い立たせ、明日からの気力を充電するのである。

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コメント

お酒を飲めない自分(40代)は美味しいもの食べて、ただただ“頑張り”ます^^;)

のりさん>

>お酒を飲めない自分(40代)は美味しいもの食べて、ただただ“頑張り”ます^^;)

あら、そうでしたっけ?(^_^;
1滴もダメなんですか?
よし、オフでは飲んで頂きますよぉ~(^^)v

スポーツドリンクですから♪

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