2008年05月21日
2008年03月13日
愛しの…ドナルド?
リサイクル好きな私は、たまにオフハウスに出掛けます。
「何かいいの無いかな~」って見て回るのが好き。
オフハウスとハードオフがくっついているとラッキー。
あ、そうだ。
こういうリサイクル関係の店って、会社で査定表みたいなものが有ってそれを見て査定するんだけど、その店によって開きが有るようなんですよ。
腕はショボショボでもギター触って30年ですからね。
腐っても30年。
そんな私の腐った目で見てみると(笑)
今までで一番売値が安く感じたのは『ハードオフ佐倉志津店』でしょうか。ジャンク品でも、たまに「え?」っていう掘り出し物が有ったりします。
『オフハウス柏豊四季店』や『ハードオフ市川大野店』、そして16号沿いにも有りましたね。現在改装中です。そこと比べると、若干ではありますが『ハードオフ佐倉志津店』は安い。
それに、カメラの量が半端じゃない。
あ、オフハウスの話でしたか。
先日、『オフハウス鎌ヶ谷店』に行ったんです。
ここは特別品揃えが良いわけではありませんが、店内は広いですかね。
そこで、ドナちゃんの後ろ姿を発見したんですよ。それもかなりデカイ。
近付いてみますと、後ろに値札が付いています。
1050円!!
ひゃ~~、これは買いでしょ~~~~!
こんなにデカイドナちゃんが1050円なんて、考えられません。
どこに飾ろうかな~。
猫達にイジメられない所に置かなくっちゃ♪
なんて、ウキウキしながら前に回ってみました。
前から見ると…
こっ、これは………
2007年07月30日
ビリーズブートキャンプ-Billy's Boot Camp
初めに、何をしようと他人に迷惑をかけない・法に触れないという前提ならば個人の自由であり、
何かに対してその人がどう感じるかも個人の自由だという事を言っておかなければなりませんでしょうか。
特に個人の『好き・嫌い』については、議論するだけ無駄だと思っています。
例えば、一時芸能ニュース等で毎日のように騒いだ韓流(かんりゅう・はんりゅう)ブームについて言えば、
大切な仕事を放ってまで成田に行って騒いでいる主婦達には正直閉口するが、それはその人達の自由ですし、それと同時に、
それを見た人間がどう感じるかも自由という話です。
私は個人的に『冬のソナタ』は好きでDVDを買ったし、『バリでの出来事』は予約録画をして今でも持っています。
しかし映画館にまで行って観た『スキャンダル』は、ペ・ヨンジュンのファンでなければ辛いものが有り、
私にとって時間とお金の無駄以外何ものでも有りませんでした。
逆に「良い」と感じた人も、当然居ます。
先日私の親友から「いつまでも若く在りたいけど、他人から『頑張っている』とは思われたくないよね」と言われ、
確かに私もそういう価値観なので「そこなんだよね~」と共感。
この場合の「頑張っている」は、仕事で頑張っているとか勉強を頑張っているとか、そういうカッコイイものではなく、「無理している」や
「哀れである」という方面の「頑張っている」であって、どちらかというとカッコ悪い。
いや、どちらかといわなくてもカッコ悪い。
いい歳コイた私としては、何事も無理せずスマートに行いたいと思うわけです。
そんな価値観の私は、20代の頃に水泳をやりたくて『高い方のジム』に通った事が有りました。『高い方のジム』というのは、
入会金を払って毎月高額な月謝を払うジムのこと。
「お金掛けて太ったんだから、痩せる時くらいはお金を掛けるな」が持論の私は、ジムと言えば『安い方のジム』。
公営の体育館に設置されているジムの事です。ですから『高い方のジム』は1年でやめました(爆)
その『高い方のジム』にはエアロビ教室(今は何て言うか知らないけど)というものが有って、
スタイルが良くてキレイなインストラクターのお姉さんが前で動き、それと同じように生徒さんが音楽に合わせて体を動かすというもの。
当時の私の目には、ハッキリと「頑張っている」と映りました(笑)
そんな私の元に届いたのは、この商品。

2007年05月29日
おめでと~~~!

今回はリエゾンのラムジーさんにお願いして、
こんな可愛い3人をケーキにのせて頂きました。
これぞ職人芸! 凄い技ですよね~。
私の時もお願いします(爆)
これを作る為にラムジーさんは午前様だったようで…。
本当に有難うございましたm(__)m
色々な人生有るけど、一番大切なのは愛情だよね。
私は今まで、こういう甘チャンなことをずっと信じて生きて来たけど、これっぽっちも間違っているとは思っていません。
9月までもうすぐだから頑張れ!
そしてその後も頑張れ!
頑張った人には『幸せ』というご褒美が有る。
くじけそうになったらお母さんと話せばいい。
そうしたらまた頑張れるから(^^)
これから力を合わせて、世界一幸せな家庭を作って下さいね(o^_^o)
2007年03月25日
フィギュア-エキシビション
本日行われたエキシビションも良かったですね。
誕生日が同じという絢香の生歌『I believe』でミキティが演技をする。
アンコールはこれも名曲『三日月』。

エンディングの4回転でコケたのがまたミキティらしい(笑)
皆さん素晴らしい演技で、今日もまた感動。
陰に隠れてしまったけど男子も素晴らしかったです。
高橋はとても力強かった。銀メダルおめでとう!
織田と浅田は残念だったけど、次回が有るさ♪
みんなこれからも頑張れ~(^^)
2007年03月24日
サッカー亀田シンクロフィギュア
今日は贅沢な一日でした。
サッカー(ペルー戦)は勝った、亀田は何とか勝った(笑)、シンクロもチーム・フリールーチン決勝で銅、
そして世界フィギュア女子決勝はショートでイマイチだった浅田真央がフリーで高得点を出して銀、
ショートもフリーも素晴らしかったミキティが金と、感動の嵐。
浅田真央のフリーはほぼ完璧な演技だったのではないでしょうか。これは彼女の生まれ持ったモノなんでしょうけど、動きが華麗。 それに対してミキティは演技が力強い(21日の番組を見ていたら、ミキティは今回から靴を軽量化してジャンプに最適化した模様)。 ジャンプも確かに良かったけど、その後のストレートラインステップは実に素晴らしかった(⌒o⌒)v

ワンツーフィニッシュは初めてで、日本女子の世界選手権優勝は1989年伊藤みどり、1994年佐藤有香、2004年荒川静香以来、 3大会ぶり史上4人目だそうです。
こっちまで涙出て来ました(^^;
2007年03月11日
涙袋が嫌い
えぇ、『電話君』ですけど何か?
人混みでもすぐ私を見付けられる方、手を挙げて下さい。
ほら、滅多に居ませんから。
私って地味だから(^^)
ま、そんな事はどうでもいいとして…
歳をとってから目の下の涙袋が非常に気になるようになってきました。なんか歳の象徴みたいな気がしてならないんですね。
大きくなればなるほど涙袋の下にシワが出来るし…
若い頃から好みの顔が『ツルッとした顔』で、あまり凹凸が無い方が好きでした。多分自分の顔が、鼻デカ、デコッパチ、一重のクセに大きい目、
それに合わない薄い唇という、暑苦しい顔立ちのせいだと思います。だから付き合う女性は薄い顔立ちが好みでした。
パソコンの前に居るようになってから、寝不足続きが原因かも知れませんが、妙に涙袋が大きくなったような気がします。
非常にイヤ。
私が女性だったら何とかして化粧で誤魔化そうとするでしょう。
ま、それだけ誤魔化してもどうしようもない顔なんですが(悲)
それだけイヤな涙袋。
いったいどういう事なのかと思って調べてみました。
占いの世界では男女宮・涙堂(るいどう)・臥蚕(がさん)とか呼ばれているらしく、
どうやら性欲の方面に関係しているらしい(爆)
で、涙袋が発達している人は強いらしい(え?)
すいません、淡泊だって言われるんですけど(^^;
ビックリしたのは、
私がイヤだと思っている涙袋をわざわざ整形して造っている人が居るらしいんですね(ヒアルロン酸というものを注入して膨らますらしい)。
そんなに欲しいならいくらでもあげますが?(笑)
だいたい、何故こんなトコをふっくらさせる必要が有るのでしょうか。
ある美容外科サイトではこのように解説されています。
【涙袋があることで、女性らしい、やわらかな表情が生まれ、 チャーミングな印象に変わります。また、涙袋施術では、ヒアルロン酸を注入しますので、涙袋の周囲の皮膚に自然なハリが生まれますから、 目元の小じわの解消ともなります】
すいません、こんなもんチャーミングでも何でもないです。
それに、周囲の皮膚に自然なハリは生まれていません。全くもってシワシワなんですけど、
これはどうやって説明付けてくれるのでしょうか(涙)
涙袋は癒し系ですって?
冗談じゃ~ありませんよ。
こんなモン、歳とったらシワを多くするアイテムにしかなりませんから。
逆に取ってもらいたいですよ、私は(>_<)
2007年02月12日
頑張る人
世の中には「何でも出来る人」と思われている人が居る。
「あの人に頼めば何でも出来る」とか「任せておけば大丈夫」と思われている人。
確かにその人に言えば何でもこなしてくれる。
でもその人、本当は楽にこなしているのではなく、凄く頑張っちゃってる。勿論器用だから楽にこなせる事も有るけれど、 それは今まで頑張っちゃったから身に付いたのであって、生まれつき持っていたものではない。 頑張って来たからそういうモロモロの事が身に付いただけ。
自分が周りからどう思われているのか段々解ってくる。「任せておけば安心」と思われていれば気が抜けない。余計に頑張っちゃう。元々
『してあげたい精神』の持ち主だから。
色々な事が出来るようになれば、『出来ない事』が有ると悔しくなってくるからまた頑張っちゃう。仕事が多くなって自分の時間が無くなる。
でも相手が喜んでいるから嬉しくなってまた頑張っちゃう。
たまに考える。
自分の時間が欲しい。
もっと他にやりたい事はたくさん有る。
勉強もしたいし恋もしたい。
でもいつも別の何かに追われている。
解って欲しい家族さえも、自分を「器用な人」と思うようになってくる。
どんどん頑張らなければならなくなってくる。
他人の事は器用にこなすのに、自分の事になると不器用。
誰かに理解して欲しい。
でもそうやってここまで生きて来てしまったから、自分の事が上手に伝えられない。伝える術を知らない。それでも何とか伝えようとすると、
ねじ曲がって伝わってしまう。相手が誤解する。誤解を解こうと焦ってくる。焦るから余計に伝わらない。
「いいんだ、私はこれで」と、半分以上投げやりになってくる。「頼りにしてくれる人はたくさん居るし、頼られている事が嬉しくもある」
と無理矢理自分を納得させ、理解してもらう努力をしなくなってしまう。
一見、周りにたくさんの人が居てイキイキとして見える人が、本当は一番孤独なのかも知れない。
真の理解者を欲しがっているのかも知れない…
2007年02月11日
問題
日本のレポーターが質問した「日本語は喋れますか?!」との問いに
「日本語解りません」
と、日本語で答えてしまった金正男氏がどのくらい痛かったかを
ハングル語で答えよ。
2007年02月01日
そんなに気になりますの?
2007年01月01日
あけましておめでとうございます
ミー共々、今年も宜しくお願い致します。

昨日私が帰宅するまで落ち着かない様子で、家中探し回っていたようですが、私が帰ると「ふにゃらむにゃら~」というような、とても猫の鳴き声には思えない言葉を2・3喋っておりました。
やっぱりこいつは… 妖怪?(笑)
30日は私が事務所泊だった為、自宅のミーは寝なかったようです。帰宅してシャンプーしてあげ、毛繕いを済ますと定位置で寝始めました。定位置とは、私の出っ張ったお腹・私のあぐらの上・私のジャージの中。
午後私が料理をしている間、ずっと寝ていました。
安心したのかな。
今年も親バカでいきま~す(^◇^;)
2006年12月22日
誕生日3
今年の誕生日で頂いたのは手帖、毎年頂いているフレグランス、そしてケーキでございました。
こんな私の為に、毎年有難うございます。

あ、もうひとつ頂いたものが有りました。
○○日の○○○○(笑)
こういう誕生日なら有った方がいいかな(^◇^;)
2006年12月21日
誕生日2
先日ある同窓生と、「同窓会で会った時にどう変わっているのか楽しみ」という話をしていた。
同窓会か…
そういえば、数年前に少しだけ話が進んだんだっけ。
結局言い出しっぺからの連絡が来なくなり、そのまま中止。
方々に連絡をして、昔話をしただけだった。
1度代表者が集まったんだけど、私がちょうど『はな乃』というラーメン店を期間限定でやっている時で、日曜日は営業日の為に欠席。
後で電話をもらい、「いや~○○○、すっかりハゲちゃったんだよ」と言われ、一応「そうなんだ、でも○○○は学生の頃からその兆候は有ったよね」なんて言ったものの、電話を切ってから鏡を見て「私もそうだな」なんて思ったりした。
人間、生きていれば老ける。
当然老ける。
髪の毛は無くなるし、シワも多くなり、各パーツがショボくれてくる。肌のキメは荒くなり、まぶたは垂れ下がって、寝不足が続くとまぶたの外側を後方に引っ張らないといつもの目の大きさにならない。歯には隙間が多くなるから、食べながら喋るとその隙間から食べ物が出ちゃったりする(笑)
ここ数年、近くの字がかすれて見えるようになった。
44歳で老眼鏡はまだ早い方だと思う。
だから買わない。
従兄弟に言わせると「手をいっぱいに伸ばして見えるならば、まだ買わなくていいみたいだよ」とのこと。私はまだ30センチ離せばハッキリ見えるから買わない。
シワはまだ自分的に仕方無いと思えるんだけど、白髪・ハゲ・老眼鏡は極端に老けて見えるから嫌いだ。
他人は、それほど細かく見ていない。
顔を見ながら話をしていても、自分が気付くことの半分も相手は気付かない。それは「大凡の感覚」で相手を見ているからだ。
しかし、そこが解っていても嫌なものは嫌。
自分の老いというものを100%理解している人間がここに居るから。誰に気付かれなくても自分は全部知っている。
1年なんてあっという間に過ぎる。
その間に「老けたなぁ」と思うのはほんの数回で、忙しくてそんなことを考えている暇は無い。
自分の歳なんて忘れている日の方が多い。
そんな自分に「お前は○○歳だ」と、教えてくれる日。
それが誕生日。
ご苦労なことです。
知ってるよ。
いちいち言われなくたって。
44歳なんだろ?
年々人の名前がすぐ出て来なくなっているし、髭にだって白髪が出て来た。髪の毛は細くなって頼りない。先日なんか手が滑って片方の眉毛を剃り落としてしまい、もう一方もそれに合わせたら刑務所が似合うような人相になってしまった(爆)
それもこれも、全部歳のせいだ。
若い時はそうじゃなかったんだから。
それでも「おめでと~」なんて言われればニッコリする。
年々『苦笑い』に変化してきているけど(笑)
心からニッコリ出来たのは何歳までだったのだろうか。
5年前はどうだったんだろう。
10年前は?
そのうち、あまり「おめでとう」を言われるとキレるかも知れない(爆)
今はまだ20回くらいは大丈夫かな。
来年はその回数が減るんだろう。
50歳になったら、7回目くらいで逆上するかも。
やっぱり私は誕生日なんて要らない。
2006年12月20日
誕生日
この歳になっちゃったら誕生日なんて要らないよね。
今年の誕生日は、私が22日にリエゾンからオペラを買って「これで誕生日ね、あとは何もしなくていいから」で終了。
当日も、なぁ~んにも有りませんでした(笑)
「誕生日おめでとう」もなし。
自分で「何も要らない」って言ったんだからいいんだけどさ。
気付けばもう目の前にクリスマスですよ。
誕生日から1ヶ月経っちゃってるんだよね。
早く感じるのは、年末だからっていうことも有る。
こんな日に産まれた自分が悪いんだよ。
何でもっと気忙しくない月に産まれなかったんだろ。
小学校5年までは、父が予約して誕生日とクリスマスの2つのケーキを買ってくれた。そのうちに誕生日とクリスマスが一緒になって、「毎月ケーキ買うようになっちゃうでしょ~」なんて母に言われたりして。
親も大変だから遠慮して「そうだよね」なんて言ったけど、誕生日とクリスマスって意味違うじゃん。
学生の頃は誕生日に何個かプレゼントもらって「覚えていてくれたんだ」なんて感動したけど、お返しにクリスマスプレゼントあげて…
それだって誕生日とクリスマスがごっちゃになってる。
11月終わりの誕生日で、良い想い出なんか何もないんだ。
誕生日って、ひとから祝ってもらうから照れ臭くても嬉しいんでしょ。だから私は両親の誕生日を一緒に祝う。
そういえば、3月の誕生日の人が言っていた。
「みんなにプレゼントしても、冬休みになっちゃうからみんな忘れちゃうんだよ。新学期が始まったらクラス替えが有るからそれっきりだし…」って。
考えてみたら、それよりはマシなのかも知れないな。
でも、来年から誕生日なんか要らないや。
2006年12月08日
なんとかして下さい
2006年12月07日
退院の日
ご心配頂きました皆様、有難うございました。
父は何事もなく、本日退院することが出来ました。
今後も3ヶ月くらいは用心しなければなりませんが、今は手術が成功し、こうして自宅に戻って来ることが出来ただけで嬉しいです。
「一応言っておかなければいけないんだな」と思っていても、手術の危険性に関する話をされた時には、暗い気持ちになりました。「もしもが現実に有ったらどうしよう」という気持ちはずっと有りました。
夕食は野菜の天ぷらにしました。
お腹いっぱいに食べて、満足してくれたようです。
このまま順調に治っていきますように…
2006年12月06日
術後6日目
仕事中に父から電話が入る。
「明日退院出来るみたいだな」
あらあら、やっぱり母が心配で無理言ったのか?
先生は「出血が無ければいいでしょう」と言ったらしいが…
まぁ、本当にダメだったら先生も「うん」と言わないでしょうから、ここは素直に喜ぶことにします。
手術入院としては短期で済んだんですが、何となく長かったような気もします。ここ何年か具合が悪かったし、この手術に踏み切るまでに、調べるだけで1年掛かりましたから。
まだ全部が全部安心というわけではありません。
でも、この病院で手術をして良かったと今は思います。
最先端の医療機器が揃っていること、年間何人の患者さんがこの病院で手術しているか等、細かく調べた甲斐が有りました。
母もホッとして元気になりましたし(まったく、なんてヤツだ^_^;)、父も安心したのか病室で大声で話をするので、他の患者さんに迷惑だと思い、今日は長居せずに帰って来ました(爆)
うちの家系、声がデカイんですよ(;^_^A
明日、迎えに行って来ます。
2006年12月05日
術後5日目
父の具合が順調のようなので、本格的に仕事に出ました。
昼は『まるき』でねくさんとラーメン・チャーハンを食べ、夕方事務所に戻って電話連絡等を済ませ、母の所へ。
どうやら午前中から調子が悪いらしく、こたつで寝ています。
具合が悪い人を連れてはいけないので1人で行くと言うと、一緒に行くとごねる。この人だけはまったく成長しない人なんだなぁ。
ごねる母を置いて1人で父の病院へ行くと、先程父が母に電話をしたらしく「置いて行かれた」とブツブツ言っていたらしい。父が入院している時くらい問題起こさないで欲しいんだよなぁ>母
やれやれ…
父は「もう退院出来る」と毎日言っているけど、それは病院が許さないでしょ。母の様子が気になって、ゆっくり病院に居るなんてことが出来ないんだろうなぁ。
木曜日はデイサービスの日なんだが、うちのケアマネがまたスゴイ人で、それも行きたくないと言う。まぁ本当にスゴイ人なんで、当然と言えば当然なんだけど。
ケアマネ替えてもらうわけにいかないのかしら…
病院を出てから、請求書を届けたりで8時半帰宅。
食べる元気も無く、お酒飲んで寝ました。
2006年12月04日
術後4日目
朝食時に病院へ。
普通食に戻ったら、今度は「味付けがなぁ」と言う。
そりゃそーでしょ。
我が家は今まで、カロリー計算やら塩分調整なんて無縁の世界で暮らして来たんですから。母の体が弱いので、私達父子は自分の食べる物を自分で選択して来たわけです。自分好みの物を自分で味付けして来た。
そんな私達が、病院食なんて美味しく感じるわけがないんです。
どう考えても。
「こういうものを食べていればずっと健康で居られるのかねぇ」
「なんとも言えないけどね」
昼頃点滴の針が取られ、今後は飲み薬の治療に変わるらしい。
良くなっていると考えていいのかな。
その後「退院してからの生活」という紙を頂いた。
順調ならば今週末くらいに退院という話だったけど、この紙が届くということは順調なのかも知れない。
夕方母を連れて再度病院へ。
1人の食事はつまらないだろうと、夕食が終わるまで居た。
父は何回も「もういいから帰れ」と言う。
今まで6時には夕食を食べていた母がお腹を空かせているだろうという心配と、毎日面会に来ていると母が疲れてしまうだろうという心配。
母は気疲れするとすぐに寝込むから、自分のこと以上に心配している父。我が家はずっとこうやって生きて来た。常に父子で何十年も母の体を心配しながら生きてきた。
ここは、これからも変わらない。
夕食に母の好きな唐揚を作り、早めに寝かせました。
明日はもっと良くなっているといいな。
2006年12月03日
術後3日目
日曜日ということで母と嫁、そして子供達を連れて父の所へ。
今日は朝から普通の食事が出たようです。
脱脂綿を大部分取り、幾分楽になった様子。
これで完全に出血が止まり、細菌の感染が無ければ退院出来るのかな。
父は「今すぐにでも退院出来るぞ」と言うけれど、実際にそうなるまでは安心出来ません。
帰りにスシローで昼食を食べ、子供の洋服を買ったり夕食の買い物をしたりするともう3時過ぎ。
それから夕食の豚の角煮を煮込みながら、見積書を作成。
パソコンのメンテをしたり、今後使用するであろうエフェクターの吟味やギターの電気系統をどのように改造するか考えているなんて、「結構お気楽じゃんか」と思いますか?(笑)
先日楽器屋さんで同い年の店員さんと話をしたんです。色々な話をしているうちに、なんて私は楽器自体に無頓着だったんだろうと反省し、今後の楽器選びはこの店員さんに相談しながら考えなきゃイカンと、固く決心をしたのでした。
この店員さんと意気投合した一番の理由は、初めて買ったギターが同じだったこと。「こんなギター絶対に買わないよなぁ」というギターだったんですよ、私とその店員さんが買ったギターは。
いや~笑いました(^_^;
エフェクターのことも詳しく説明して下さって、今の事情がどうなっているのかが解りました。
もう買うエフェクター決定。
しかし資金の調達が困難(T∇T)
千春さん、やっぱり我々の買うギターは今の1万円のギターじゃないみたいですよ。それを買うならば、程度の良い中古を購入した方が良さそうです。私の場合は今持っているフェンダーをリペアして使うのが一番良いみたいですね。
などと考えている間に6時半。
母を風呂に入れてご飯を食べさせ、布団に入ったのは0時過ぎ。明日は自分のMRI検査なので、寝坊しないようにしなくっちゃ。
2006年12月02日
術後2日目
朝病室に行くと、吸入器が取れてすっかり父は起きあがっていた。
元気そうだ。
今まで点滴の経験が無いので、とても気になる様子。
でもこの中には止血剤・栄養剤・化膿止め等大切なものが入っているんで、もう少し我慢して下さいよ。
朝食の時間になって取りに行ったら、お盆の上に3つ。
ご飯の茶碗・みそ汁の茶碗・ヨーグルトジュース。
予想はしていたけどご飯茶碗の中には粒が無し。
お味噌汁も汁だけ。
普段からシッカリ食べる父なので、非常に残念な様子でした。
後で聞いてみると、この年齢でこれだけの回復力は珍しいらしく、普通は2日目もあまり食べられないそうです。
やはり私の食い意地は父譲りなのか(笑)
脱脂綿を取り替えてあげたり、診察に付き添ったり、仕事の電話をしたりしているうちに昼食時間。
「昼食は普通だといいねぇ」と願う2人。
気になって配膳台を覗きに行ってみた。
おぉっ! お椀の数が多い!!
「やったね、普通食になったみたいだよ」と言いながらご飯茶碗のフタを開けてみると、やはり今回も粒が見えない(涙)
五分粥になったとはいえ、これじゃ~食べた気がしないよね(^_^;
全身麻酔の場合は内臓の機能も弱ってしまう為、2日くらいは様子を見ながら食べないと消化不良を起こします。
2日目の昼食からおかずも付いていますから、これは結構良い食事なんですけどね。本人は「もう少し味が欲しいなぁ」なんて贅沢言ってます。
ま、退院したら美味しいもの作ってあげるからさ。
2006年12月01日
手術当日
8時15分に手術室に入るということで、7時半に面会。
「もしものこと」も考えて、手術前に会う時間を設けようという病院の配慮なのでしょう。嫁と母を連れて行って来ました。
病室に入ると、既に父は少量の麻酔薬によって半分「ボー」っとしていました。
私達の「頑張ってね」という声を受け、父は手を振って手術室へ。
時間は結構有ったけど、手術後の病院からの説明は無し。
「麻酔が切れて部屋に戻るのが午後になるでしょう」という看護婦さんの話により、私は嫁と母を家に送り届け、それから今日どうしても行かなければならない仕事へ。
10時25分頃病院から電話が入る。
「手術が終わって医師からの説明が有るんですけど誰も居ないので…」
そんな説明無かったじゃん?
そんなことを今更言っても仕方ないので、とにかく成功したのかどうかを聞いてみた。
「電話では一切お答え出来ないんです」
こんなことを言われたら、尚更心配になるんじゃないかねぇ。
電話で言えないほど大事な話ということは、手術中に何か有ったんじゃないかとか、もしかしたら脳の壁を…なんてことを心配しつつ、病院へフルスピードで戻る。
小走りでナースステーションへ。
その場を離れた理由と、とにかく成功したのかを聞きたいと告げると「現在担当医が居ないので状況が解りません」とのこと。
いや、私はですね、失明の恐れがあるとか、脳との壁になっている骨が割れると命に関わるとか聞いていたので、そこだけが知りたいのですよ。そこだけでいいから知りたいでしょ、普通。
そこで担当でない看護婦さんが「もしもの場合は一般病棟に戻れませんので、大丈夫だと思いますよ(^^)」と言ってくれる。
それを聞いて「そりゃそうだな」と納得。
部屋に行くと、そこに父が居た。

まだ麻酔が切れたばかりだけど、何とか普通の話が出来る様子。
目もちゃんと見えるようで一安心。
「このまま3日ほど大丈夫ならば、後遺症の心配は無いでしょう」と1時過ぎに担当医師から説明が有り、またまた安心。
3時過ぎには「起きてトイレ行きたい」なんてことを言い出し、看護婦さんに「全身麻酔だから今日一日は起き上がれないですよ~」と言われる。
かなり元気だ。
手術を担当してくれた先生は、夕方にもまた様子を見に来てくれました。かなり親切で、やっぱりここで良かったのかなと思いました。
2006年11月30日
手術前日
仕事を終えてから父の病院に向かう。
相変わらず背中・肩・腕の痛みは有るが、自分のことを言っている場合ではないので、何とか痛みを散らしながら動くことにする。
まったく、私のボロボロの体も困ったものです(+_+)
相変わらず父は食欲が有り、出てくる物全部食べられるらしい。勿論味は薄味だからもの足りないようだけど。
しかしねぇ、こういう味付けばかり毎日食べていたら確かに病気になり難いのかも知れないが、食事する度にストレス溜まってしょうがないんじゃないかと思うんだなぁ。
精神衛生上どうなのかねぇ。

ガンコ親父で生きて来た父も、「俎上(そじょう)の魚だな」と言う。要するにまな板の鯉状態で、医師に任せるしかないと。そうなんですよね。ここまで来たらもう個人では何することも出来ないんですから。
明日は朝7時から面会が許されています。
要するに「元気なうちに会っておいて下さい」っていう意味で、手術というのは100%成功というのは有り得ないということなんでしょう。
母と嫁を連れて行って来ようと思います。
2006年11月29日
手術2日前
母の入院は何回も付き添っているものの、自分が入院するのとはまた違うらしい。やはり自分の居所がないというのが本音のようです。

(イメージ画像)
最近の病院というのは、実にキレイになっていますね。
わざわざ依頼しなくても個々にモニタは付いていて、見るも見ないも個人の自由ということになっています。
禁煙を徹底しているところもGOOD!
だって喫煙室が有ったら患者さんは辛いじゃないですか。
全員が吸っていないという状況は、とても良いと思います。
この病院はワリと良い食事が出ていると思います。でも本人にしてみれば、現在普通の食生活が出来る為に量が足りなくて味が薄いとのこと。どこそこが痛くて食べ物も食べられないっていう症状じゃないですからね。
普段「おれは食べ物なんか何だったいいんだ」なんて言っている父ですが、やっぱり食べ物が好きなんです。
「退院したら美味しいもの作ってあげるから」と伝えました。
昼食も夕食も完食し、「まだ腹が減る」と言っている父。
たった10日の辛抱だから(^_^;
それよりもっと辛いのは、自分のすることがないということのようです。いつも何かしら動いている父ですから、「ボ~」っとしているのが何よりも辛い様子。
「ネットに日記載せている人も居るよ」と言ったら、今日から日記を詳しく付けている様子でした。それ書くだけでも随分時間潰しになるもんね。
明日は週刊誌でも買って行ってあげようかと思います。
手術は明後日の朝一。
当日は7時から面会の許可が出ています。
もしものことを考えての配慮なんでしょうね。
まぁ私はあまり心配していません。
自分なりに精一杯調べてこの病院を選び、父も納得して来たのですから。
そんなことよりも、父が晴れやかな表情で退院することを予想しています。「いや~快適だなぁ」と言いながら。
今までずっと持病で苦しんで来た父に、私は何もしてあげられなかった。
医療技術がまだまだの頃に、父は自分で決断をして手術を受けました。その手術は、医師の不手際によって顔にガーゼ数枚を残したまま終了。その後父の顔は腫れ上がり、麻酔せずに1枚ずつ顔からガーゼを引き抜くという、大変なことになったわけです。
そんな経験が有る父は、その後手術を避けて生活をして来ました。あんな目に合う位ならば、もう2度と手術はしたくないと思って我慢して来たわけです。
私もその話を聞き、ある程度医療技術が進んでからの方が良いと思いました。医師の中には、自分のスキルを上げる為に不慣れな医療行為をする人間も居ます。1度ならず2度までも、父をそんなふざけた医師の実験代にされたくない。
父の兄は、手術で体の中にメスを1本残された為に亡くなりました。その兄の次男は、自分の父親の顔も覚えていません。
医師は手術代を取りませんでした。
しかしそういう問題ではないでしょう。
1人の人間が、医師の不手際によって亡くなっているのです。
ふざけるなと言いたいです。
しかし、医師の中にはそういう人間が居るという現実も有ります。
父は71歳です。
最後のチャンスかも知れません。
調べました。
ここが最先端の技術を持ち、年間の手術回数も多い。
この病院に賭けてみるしかないと思いました。
出来る限りのことはしました。
あとは、手術の成功を祈るしか有りません。
2006年11月27日
病院に行く
本気で1万円ギター買おうかと考え中。
「チューニング次第で何とでもなるっしょ」なんて思ってはいるものの、きっと「音ノビね~」とか「5弦の12フレがビビってるし…」とかいうことになるんでしょうねぇ(^_^;
その時はフェンダーのネックと電気系統全部移植しちゃえっ!
えぇ…
最初からフェンダー買った方がいいのは解っていますとも。
それじゃ~ネタにならないのっ!
買いましょう! 千春さん!!

何故かこの画像。
「ムスタング買うの?」とか言われそうですね(;^_^A
手が小さいんでムスタングは好きなんだけど、1度買ってハズレたからもういいやって感じなんですよね。
せっかくモノホン買ったのに…(涙)
宝くじ当たったらダブルネック買ってやるぞ!
チビだから床に着いちゃうけど(悲)
ということで、誕生日に病院で検査して来ました(爆)
大体の予想は付いていたので整形外科へ。
「じゃ、背中見てみますね」
「この辺がビリビリするんですよ」
「あ、ここに彼女に引っかかれた痕が有りますよ!」
「最近こんな状態だから会ってないんですよ…(涙)」
「早く治して会いたいでしょ~」
あのさ。
私、先生と漫才やりに来たんじゃないんですけど?
首のレントゲン4方向から撮って、また先生の所へ。
「いつ頃から会ってないの?」
おいおい、まだ続けるのかよ(爆)
しかし、総合病院にこういうギャグの解る先生が居たとは思ってもいませんでしたねぇ。
なんとなく気が楽になって、次回のMRIの検査の予約を。
ん? これが手口か??(笑)
実はですね、私、異常に肩が広いんですよ。
肩から計算すると、身長2メートルは必要なんです。
でね、レントゲン撮る人も、まさかこんなになるとは考えもしなかったと思うんですね。毎日何十枚も撮っているんですから、手違いが有るとは考え辛い。
でも実際に撮ってみたら、肩が邪魔で肝心の首の部分が隠れてしまっているわけです。
見た先生も
「これが1つ目の骨でしょ、2、3、4、…6つ目から見えないなぁ」
「ということは…」
「肩が邪魔してるねぇ」
「ということは…」
「解らないからMRI検査やりましょう」
いや、あのさぁ。
確かに私は肩が異常にデカイですよ。
でも、レントゲンに邪魔するほどデカイか?
そんなに肩張ってるのか??
私の肩知っている人は大笑いでしょうけどね(^_^;
来週MRI検査です。
2006年11月25日
ららぽーと柏の葉に行ってみました
母からもらったユニクロの広告に「9時30分~」と書いてあったので、9時30到着。余裕で入店出来たのはビックリでした。
駐車場から入ると、開店している様子無し。
あれ?
9時30分開店じゃなかったのかな?
よくよく聞いてみると、9時30分開店はユニクロだけ。
それ以外は全部10時開店なんだそうです。
しょうがないからユニクロで時間をつぶす。
特に買いたいものはなかったんですがね、迷彩色のパンツが390円だったんで息子に購入してみたわけです。
ユニクロのサイズって、何であんなに小さいんだろ???
フロアガイド&グルメガイドを見てみる。
嫁はブランドもののお店を探し、私はどんな飲食店が入っているかを確認。その後は別行動。
私



